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プロの背中

建築写真を撮影したら屈指の写真家がいる。

僕が勤務していたころ、この写真家に自分の担当建築を撮影してもらうことがひとつの目標でもあった。そして幸運にもその機会が訪れた。

対象となる建築は6000平米くらいの中規模の美術館だった。それは驚きの連続だった。東京から4時間くらいの地方都市での撮影だったが、まず彼は5日間ホテルを予約した。天候が納得できなくてはならない、が予想もできない・・・ということだが、まずここで驚いた。ひとつの建築を撮影するのに5日間だ。                                               

僕は建物のコンセプトと自分なりに美しく建築が見える箇所を写真家に伝え、後は写真家の助手のように照明を点けたり消したり、いすを動かしたり、並べたり、激しい労働を強いられた。そして、夜になると僕を飲みに誘ってくれた。そしてそこで彼が僕に伝えたこと。

写真なんて素人でも撮れるんだよ、シャッターを切ればいいんだからね。素人だって条件と運がそろえば、満点の写真だって撮れる・・・。
では、なぜ写真家が写真家でいられるか・・・。自分は満点の写真は要らない、その代わりどんな条件であろうが常に80点の写真をものにする事ができるんだ。プロとは常に80点の仕事をし続けることなんだ・・・、と。

これにはまいった。僕は、写真家が太陽が移動するのをひたすら追いかけ、露出計を片手に大判カメラと大きな3脚をいとおしく抱えながら、最高の陰影を建築に与えるまでじっとじっと立ちながら待ち続け、ここぞというときに一気にシャッターを切る写真家の気迫に満ちた背中を眺めながら、とてつもなく大きな事を教えてもらった。そしてその写真家の背中を自分のカメラで撮影した。孤独な背中だった。

常に80点をとり続ける事。これはハードルが高いことだと思う。翻って、僕は常に80点の建築を施主に提供できているか。どんなに困難なリクエストや敷地条件においてもだ・・・。当然80点というレベルの設定には個人差があるものだから、この80点を底上げしてゆくことが僕がプロとしての仕事に対する指標となっている。