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公園に面する家の地鎮祭

 

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先日、地鎮祭を行いました。まづは2礼2拍手1礼。

いつもの事ながら・・・、設計から現場へのシフトが変わるスイッチが入ります。

僕自身は無粋な人間ではありますが・・・土地を守護する何かは確実に存在すると思っている。というか常に感じている。
建築計画とはその何かとの対話、存在との交感であるからだ。

地鎮祭の目的は、工事中の危険や事故を回避するためではない。

この見えない存在(時に危険な)に留意、注視することを改めて要請され、大地や自然、時に災害などに対して”恐れるべき何か”を”恐れる存在”として再認識、再確認する機会としての儀式であると思う。

この恐ろしい物に対する認識という感覚は誰でもが持っているものであり、それはもはやDNAに刷り込まれている感覚だ。例えば幼児は常に鬼を怖がる。決して見たことも感じたことも、そして当然危害を加えられたこともないのもかかわらづ・・・。

加齢と共に厚顔不遜にも忘れ始める何かを思い出させ、そして未来へ向かい自身の命を維持する意識を覚醒、緊張感を高めるための、いわば我々生命のための儀式なのである。

決して建築をするためだけではない。大地への畏怖の念こそが生命の継続を担保するのだ。

敷地は大きな公園に面し、サクラの並木が見え、遠くには富士山を望み、そして敷地内には既存のシャラの木をはじめ素敵な景色が盛りだくさんです。

これらをすべての要素を建築の計画に盛り込んでいます。

イメージは環境により自立”させられる”空間。この受け身な感じがこの計画のポイントです。

楽しみにしていてください。