年末に、以前設計を担当したお宅での餅つき大会に参加しました。
老若男女、所属する国籍も複数にわたり・・・、素敵なご家族と仲間達です。
建築も想像通りすばらしく上手に使われています。
使われることによりはじめて生命を吹き込まれたかのような建築・・・、我々が常に意識している空間が実現されています。
むやみに作りこみすぎず、余白を残した計画だからこそ可能になるアクティビティの活性化。
余白をはらむことにより、空間が時を経るごとに落ち着きを伴いながら静かに成長してゆく持続性。
この余白をいまだ定義できずにいますが、常にこの未知なる何かを探し求めて設計しています。
まあ、わからないからこその余白なのかと開き直っている気もしますが・・・、きっと、能動的にその余白を捕らえようとすると、まるで手からこぼれ落ちるサラサラとした砂のようにそれは余白ではなくなってしまうのでしょう。だから、たぶん、この余白に対しては意識せずにアプローチしなくてはならないのでしょう。そして、これが常に実現できるようになったら僕は自身を達人とよんでもよいでしょう。
余白の設計・・・。抽象的で難しいですが、設計において最も大事なことだと思っています。
それにしても女性陣は美人ぞろいです。奇跡の楽園のようです。
ここだけの話ですが・・・、我々が今まで設計した建築の施主女性陣は美人ばかりで、僕としては嬉しい限りです。
何かと困難の大きな仕事ですが、いまだ継続することができているのは女性陣のおかげだとつくづく感じます。
施主さん、ありがとうございました。お餅もおいしかったです。