木造2階建て住宅が竣工しました。前回のブログの写真とあわせてご覧ください。
比較的に高密度で住宅が立ち並ぶ住宅地の角地に計画された住宅です。
内側と外側というそれぞれの空間の境目をなくす。そうです。この住宅のイメージは“クラインの壺”です。
どこまでが外側で、どこからが内側か・・・。それどころか、内と外といった気の利かない境界はまったく意識せず、真の意味で自然に限りなく寄り添うような生活をイメージしました。
リビングルームが外にあるような・・・、
ガーデニングが室内でできるような・・・
室内の木陰で読書をしたりお茶したり・・・
自宅で露天風呂を楽しむような・・・。
イマジネーションが刺激され、非日常だったようなことが日常生活になるような・・・、そんなことを考えながら設計をしました。
内と外・・・。建築することとは内と外の境界、その隔てを創造することだと思います。その隔ての密度や硬度、形、手触りがデザインする対象だと考えています。
私にとって建築することとは、建築により生じる隔てをいかに効率よく、耐久性を保ちながら、そして何より肉体を包み込む第2の皮膚としていかに柔らかく、そしておおらかであるかが判断の基準となっています。壁で区切るというよりは皮膜で柔らかく包む・・・、といったイメージでしょうか。
それでも建築は圧倒的に大きく重く・・・、そして直線で四角い・・・。とても人間の感覚からはかけ離れた物体になってしまいがちです。ここから建築の不幸が始まり、だからこそ、施主と私の建築を通じた冒険が始まるのです。
今まで、建築を柔らかくする手法の例として、四角四面の幾何学をずらしたり離したりしながら”崩す”ことを意図したり・・・、
スキップフロアーを導入することにより上下の運動を空間に生じさせたり・・・、
余分な形を排除して、シンプルでプレーンな空間を志向したり・・・。
つまり、この建築のどうにもならない、硬質で幾何学的な、あまりにも威圧感のある存在を身体感覚、皮膚感覚に一気に近づける企て、さらにはその隔てが意識の中で消滅し・・・、なにやらぼんやりとした柔らかな皮膜で覆われる、包み込まれるような居心地の感覚を追い求めてきました。
建築の幾何学や素材、重さは人間の肉体、皮膚、身体感覚に対しては強烈すぎます。
まだまだ色々なバリエーションが考えられると思いますが、一つ柔らかな空間を実現できたのではと、一人で納得しております。
施主様、住み心地はいかがでしょうか?元気いっぱいのお子様が住宅の中ををまさに文字通り縦横無尽に走り回っていましたね。(彼女は新居ができる前から十分なスピードはありましたが、以前とは明らかに”加速度”は違いました。本当です。)
そういう感じを目指しました。次回お邪魔できます機会を楽しみにしています。