アシヤアーキテクツ | blog

竣工しました。

2010/8/30 月曜日

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シェアハウスが竣工しました。

2010/8/24 火曜日

デザイン監修ということで、お手伝いをさせていただいていた、シェアハウスの改修工事が竣工しました。

シェアハウスとは単身者向けに明快なコンセプトを提示して、共感する人たちが集い住まうことを趣旨としています。

各居室は個人個人の空間として、その他のキッチンや水周り、娯楽等のPCやゲームは入居者全員でシェアしています。いずれは電気自動車を常備しそれもシェアすることをもくろんでいます。

ワンルームマンションのように個人をベースに生活の独立性を保つ形ではなく、それそれの入居者のプライバシーを確保しながらも常にコミュニケーションがそこには存在するような、わいわいガヤガヤとしながらも、ゆったりと一人の時間も確保できる、そんなオンとオフが共存できる空間を目指しています。

例えば、街を歩けば様々な情報や刺激に出会い、その都市空間から一歩はずれたオープンカフェではゆったりと個人の時間を楽しむ。さらには街の賑わいを客観的に俯瞰できる、休息できるといった、パブリックとプライベート、刺激と休息といったようにオンとオフがめまぐるしく、そしてスムースにチェンジすることができるのが都市空間だとかんがえています。オンとオフのスイッチングがスムースなほど都市は楽しい空間になります。時には当事者であり、時には傍観者であり・・・、そんな演出を楽しみながら自身を演出するのが都市の楽しみ方のひとつです。

そして我々は、そのオンオフ空間としての都市空間を、シェアハウスとして既存の建築に埋め込むことを目指しています。、

ライフスタイルを更新してみたい人、異業種との交流や刺激に囲まれた生活を楽しみたい人、そして住むという行為そのものに興味のある人は男女問わず、是非ご連絡ください。

実際僕も、もう少し若ければ確実に応募していたであろうと思うほど、楽しそうです。
ただ、共同、共用部が多いためルールはきちんとマニュアル化されており、入居者は誰でもよいわけではなく、きちんと面接があるそうです。まあ、だからこそ安心ではあるのですが・・・。

シェアハウスはこれから事業としても、また新しいライフスタイルの提案としても面白くなりそうなので、要チェックでお願いします。

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RIPPLE

2010/8/17 火曜日

音を主題にした住宅が竣工しました。
中央の中庭には水琴窟が置かれ、そこから波紋(RIPPLE)のように住宅全体に水の音色が充満するように計画されています。

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木造3階建て住宅が竣工しました。

2010/8/9 月曜日

木造3階建ての住宅が竣工しました。先週のブログの写真とあわせてご覧ください。

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敷地は、南側隣地には壁のようにそそり立つ3階建ての住宅、北側隣地には2階建ての住宅と南北方向をはさまれ、東西は見通しと風通しの良い抜けのある外部環境が広がっている。

ここではまづ、建築としていかに効率よく合理的に建てるかを追求するのではなく、近隣住居や周辺環境、街並みの一部としての建築として、一つの住宅のいかなるあり方が自然か・・・、建築の所作振る舞いのあり方とは・・・を追及している。いわばミクロな視点からの都市計画・・・を考えた。混沌とした都市環境に建つ建築の振る舞いの連鎖が、少しでも街並としての美しさを確保できたらという、自分なりのチャレンジでもある。

ここでは、町並みを統一するとか、建築に使用される形のボキャブラリーを統一するとか、屋根や窓の形状を合わせるとか、いわば旧態然とした手法で町並みを造るのではない。考慮されるのは隣家との関係である。問われるのは自身のあり方・・・、決して押し付けがましいルールを作り遂行することではない。

まづは自身の北側に建つ住宅の住環境を可能な限り担保することである。ここでは、南西方向からの自然採光を可能な限り邪魔しないように、そして隣家の庭空間の前にも同様に隣家のためにオープンスペースを確保して、隣家のの自然採光の確保に寄与している。3階建ての建築を建てるからこそ考慮しなくてはならない。このような所作により、それぞれの建築の自立と共生が図られることを意図している。

平面計画は、リビングゾーンとダイニングゾーンを分割して中央に階段を挟みこんでいる。それぞれのゾーンはずらすように、そして遮断されるかのようにして配置され、空間に流動性と断続性、連続感と遮断、空間に滞留を生み出す事により、開放性、広がり感、そして使用時の季節や状況に応じて様々に可変する空間を生み出している。ズラされるこちにより発生するギャップは坪庭として、テラスとしてなど積極的に活用される。

この住宅のコアとなる階段は、段板に無数の穴を開けることにより、上階に設けられたハイサイドライトからの自然光が穴を通じて拡散してきらきら光らせて、まるで木漏れ日で満たされた樹木を昇降するようなイメージの階段としている。
つまり、住居の真ん中に大きな樹木がありその樹木から各空間が枝分かれするように・・・、この大木を通じて家族の皆が緩やかに連続するように・・・、この住宅の菩提樹・・・、トトロの棲む大木・・・、ような階段をしつらえた。

内部空間、居室からはどの部分からも植物のグリーンと空がセットで見て感じることができるように様々に交錯する視線の抜けを確保し、その上で内部には完全にプライバシーを確保した都市型住居となっている。

 

竣工しました。

2010/8/2 月曜日

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鉄について

2010/7/29 木曜日

最近、ある仕事で鉄とガラスを使った作家の川合さん夫妻のアトリエにお邪魔してきました。

以前から面識はあったのですが・・・、アトリエを拝見させていただいたのは今回が初めてです。

思いがけず、気に入った作品を何点か購入してきました。

http://atelier-plateaux.com/

普段の建築の設計では、まづイメージがあってそのイメージに最適な材料と工法を探すというプロセスが多いのですが、ここではまづ鉄という素材に向き合いそこから何ができるかというような、思考の順番を根底から考えさせられる経験でした。

鉄は柔らかく、自由な素材です。素材感もぬくもりがあって、手触りももなじみやすいですね。

手摺やドアノブといった従来の使い方だけでなく、作家さんも驚くような新しい鉄の使い方があるのではと、明るい気持ちにさせてくれる良い出会いでした。

興味のある方はご一報ください。紹介させていただきます。

 

VIVAガラパゴス

2010/7/12 月曜日

僕の夢は二つある・・・。40にもなって、大きな声で言うのもはばかれるのだが・・・。

一つは平均律クラヴィーアを弾くこと。大きなことは言うつもりはないが、その中に特に好きな曲があり、この曲を弾くことが僕の生涯の夢である。1っ曲だけでよいのだ。イメージはできているのだが、まづは鍵盤を触ることからはじめなくてはならない。たぶん十年くらいあれば弾けるようになるかも・・・と、淡い期待をしている。が、まあ、ピアニストでもある親戚の叔母に聞いたところ、一笑に付されたままである。

もう一つの夢はポルシェ911に乗ることである。ポルシェといえば当然911であり、さらにそれは空冷のヤツでなくてはならない。これもイメージトレーニングはとうの昔に終了してはいるのだが・・・、先立つ物が準備できていない状態である。

先日、日本のガラパゴス化とか言う雑誌の記事を読んだ。ガラパゴスは言わずと知れたダーウィンが進化論を著した際のイメージの源泉となった特異な生態系を持った島である。島であるがゆえに、外部から隔離された状況で長年にわたり独自の進化を遂げた、そこにしたない生態系、生命体が多く残っていたということである。

ガラパゴス化とは、日本の技術もグローバルスタンダードからは距離がある独自の進化を果たしているがゆえ、国際的な競争力を失っていて、それがいずれは経済の低迷につながるのではという話である。ちなみに日本の独自の進化とは・・・、必要がないくらいの高性能化・・・、小型化、多機能化だということである。素晴らしいではないか!!と僕などは思ってしまう。

ガラパゴス化・・・、よくわかりにくい話ではあるが、本当にそうなのだろうか。逆に皆で英語を必死で勉強して、より汎用性の高い、つまりは世界中で標準化された最大公約数的な商品を開発し、それを持って世界中で競争をする・・・。大変な世の中であり、これがグローバル化ということであろうか。

日本の企業、特に商社、さらには最近ではユニクロなどでは社用語が英語になっているそうである。これはさらに大変なことである。

日本から一歩出れば英語などはホームレスだって話す言葉である。僕自身も英語は勤務時代のヨーロッパの貧乏学生から、さらにはロンドンのホームレスから習ったくらいだからよくわかる。誰でも英語は話せるし、その気になったときにだけ必要に応じて勉強すればよいと思っている。

英語を公用語化するというは・・・、つまり、海外からより安い労働力が一気に流入し、日本人の賃金も下ることになると言う結末、つまりは自身の首を絞めることなることは火を見るより明らかなのに・・・。英語は手段であり、単なるツールである。だから、英語を使って何ができるかということがこれから求められるのだろうが・・・、安いということには何にも変えられないのではという不幸も最近の状況で思い知らされている・・・。だから下手に英語などは使わないほうがよほど健全である。より健全な賃金と環境のために・・・。

そのためにはVUVAガラパゴス!ウェルカムローカル!!しかないかもしれない。

ポルシェの空冷エンジンとか、マツダのロータリーエンジンとか、ソニーのベータとか・・・好きな技術が消えてゆくことは寂しい。(ロータリーエンジンは消えてませんね。がんばってください。)ちなみに僕が最初に触れたビデオデッキはベータであった。ディスクもコンパクトで、画質もVHSより格段にすぐれていたかと思う。学生時代の友人がはじめて買った車がRX7であった。この車に乗せられ、よくドライブした記憶がある。まあ、レーザーディスクの登場は衝撃でしたが・・・、いかんせん大きすぎましたか・・・、残念です。

グローバルスタンダードからはじかれたら最後、滅びるしかない・・・。これはとっても寂しいことである。

 

緑豊かな景色

2010/7/5 月曜日

勤務時代、青山の事務所におよそ8年ほど通った。

途中現場常駐などもあったから正確な年月はわからないが・・・、当時の事務所は青山一丁目のビルの11階にあり、眼下には赤坂御所、神宮、そして新宿を望む最高の眺めであった。

まあ、当時はそんな眺めを堪能する暇などなく・・・、徹夜仕事時に、まだ明かりのついた新宿のビルに励まされたことくらいではある・・・。

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あるご縁で現在上記箇所に通っている。写真の手前は新宿御苑、勤務時代は赤坂御所ということで、それぞれ場所は違えどこの眺めは勤務時代の事務所からの眺めよく似ています。

それにしても東京は緑の多い都市だとあらためて気が付かされます。

新宿御苑は、植物の生態を考慮して街灯は一切なし、夕方以降は立ち入り禁止と徹底して守られる素晴らしい植生の公園だそうです。

 

 

現場のカエル

2010/6/21 月曜日

現在進行している現場でみつけた大工さんの作品です。よい感じです。工事も綺麗な職人さんは、何を作っても上手です。

思えば、僕も最初に建築を意識したのは、小学生のころ近所に住む大工さんの作業所で遊ばせてもらい、そこで夏休みの工作の宿題を作らせてもらってからでした。その大工さんは僕からその宿題を奪い取るようにして僕の作品を仕上げてくれたのです。もちろん、今思えば誰が見ても玄人の仕事で・・・それはもはや僕の宿題としての体を保ってはいませんでしたが・・・。

勤務時代の先輩がつぶやいていました。

ギタリストはギターを抱えて寝るんだ・・・。サッカー選手はボールを蹴りながら飯を食うんだ・・・。

建築家の俺は・・・、まだまだだ・・・。

何がまだまだなのかはわかりませんでしたが、大工さんのように昼休みの間でもこんな創作意欲を持っているのだからもはやアーティストですね。

 仕上がりも丁寧で良い感じです。施主さん、もうしばらくお待ちください。

この大工、工務店を紹介してほしい方はご一報ください。

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改修工事の現場

2010/6/14 月曜日

現在進行している改修工事の現場です。

改修工事は人間関係に似ている・・・、と思う。

すでにそこにある建築、空間との対話が設計者に対して要請される。

そしてその対話を通じて、今まで気が付かれていなかった、はたまた想像だにできなかった新たな空間の可能性の萌芽をその建築に埋め込むことができればその仕事は成功である。

つまりはその建築といかにダイレクトに交信できたが重要なのである。

人間関係も似たような感じ・・・、ある人との交わりにおいて初めて生まれる新しい個性、はたまた自分自身も気が付かなかったような自身や相手のキャラクターに対する気付き・・・。こんな人と人との交わりが理想だと思っている。そして人との交わりはいつもうまくいくとは限らない・・・。しかし、この改修工事は僕にとって仕事であり使命であり、成功は命題でもある。だからうまくやるしかない。

今回の改修工事の現場でも僕は時間の許す限りその建築との対話を試みた。朝、昼、夜とそれぞれの時間に訪ね、いつしか自然に彼と話をすることができるようになった。そして普段は無口な”彼”からは”それを考えるのはあんたの仕事だろう”というつぶやきとともにいくつかのヒントをもらった。

彼と約束したことは、改修にあたり。決して何かを捨てないこと、そして壊さないこと。

今あるもの、コンディションの上に新たな何かを付加、付与するという所作のみで空間をまったく新しいものに生まれ変わらせようと考えた。
新しい形を作るのではなく、現状に静かに寄り添いながらも力強く未来を語るようなそんな新たな何かを付与たいと思った。

付加するデザインは、シンプルとは逆ベクトルの思考で、正直過酷な手法である。

結果的にほとんど物を壊すことはなく、つまりはコストも不要にかけることもなく新しい空間を手に入れることができたのでは・・・と思う。

とにかく難しい現場ではあったが、何とか良い形にまとまりそうだ。壊さない、モノを付加する、という過酷な条件を設定することにより、それをクリアしたところには必ず何か新しい、自身も思いも付かなかったような新しい空間やアイデアが生まれてくる。
つまりは、考え方をデザインすることが最も大事だ。

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写真はラウンジスペースになる予定のスペースである。

既存建築に耐震補強を行い、その鉄骨構造体をそのままインテリアの要素として、大きな空間を緩やかにそしてダイナミックに分割するパーティションとして活用しようとしている。すべてはこのように、機能により要請される形と、見え方として要請される形を限りなくシンクロさせることにより、空間に必然性にともなう居心地のよさ、空間と人が互いに”はまる”何かを求めている。

居心地・・・、ただ直接それを求めると確実に押し付けがましいものになり失敗してしまう・・・。

そうではなくてモノの成り立ちや組成をありのままに表現することで、2次的副産物として何か良い空間が現れるのではと。。。そしてそれを居心地のよさといえるのではないだろうかと考えている。

この現場ではこれから家具の搬入をむかえ、来月のオープンを目指している。

空間的にもプログラム的にも新しい試みです。楽しみにしていてください。

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